

外邦図デジタルアーカイブ
19世紀後半から20世紀初頭のアジア太平洋地域を中心とした旧日本軍製地図のデジタルコレクション
登録されている外邦図の図幅数 12,282
表示可能な外邦図図幅の画像数 10,512
「外地の地図」を意味する外邦図は、旧日本帝国陸軍が軍事目的で作成した国外の地図を指します。明治時代から第二次世界大戦終結までの間、日本の地図作成は旧日本帝国陸軍の参謀本部陸地測量部によって行われ、同部は日本領土の地図だけでなく、日本領土外の地図も作成していました。外邦図として残された地図は、縮尺は主に1:25,000から1:500,000で、その地理的範囲は、北はアラスカまで、東はアメリカ本土とパナマ地峡、南はオーストラリア、西はパキスタンやアフガニスタンの一部ならびにアフリカ大陸東部までカバーしています。地図の作成方法は、日本の調査隊による測量、海外で作成された地図の複製、秘密調査など様々でした。これらの地図は軍事目的で作成されたものですが、19世紀後半から20世紀前半にかけてのアジア・太平洋地域における地球科学的景観の詳細な記録として極めて高い価値を有しています。
外邦図のほとんどは極秘に分類され、戦後はその多くが破棄されたり、没収されたりしました。しかし、当時の研究者たちの努力により、東北大学などの研究機関に引き渡されたものもあります。このデジタルアーカイブは、主に東北大学・お茶の水女子大学・京都大学・大阪大学に残された外邦図の電子的カタログとデジタル画像を管理し、その平和的な学術利用の促進を期待して地図画像の閲覧システムを公開するものです。
ただし、現在は一時的に、サイトの全面的な更新作業のため、東北大学所蔵の画像のみを対象として利用できます。

Featured Articles
外邦図デジタルアーカイブに関連するアプリや所収されている地図画像に関する簡単な解説記事集

2024年1月に公開した外邦図デジタルアーカイブの新しいサイトの内容を紹介するArcUser誌(2024年夏号)の記事(英語)。外邦図とは何かを紹介するとともに、外邦図デジタルアーカイブとその新しいサイトが作成された経緯について紹介しています。外邦図の例として、中国を代表する大都市である上海の1930年代の地図が解説されています。

外邦図ビューワー・インドネシア版(GV-I)の公開に際して執筆されたこのArcUser誌(2020年秋号)の記事(英語)では、20世紀初頭のインドネシアの土地利用や植生を現在と比較しながら本アプリの機能をフルカラーで紹介しています。大都市の沿岸部におけるマングローブ林の消失や湿地の都市化などの事例を通して、現在の環境保全や防災にも役立つ情報が外邦図に含まれていることが解説されています。
現在のインドネシア付近の「外邦図」には、当時のオランダが作成した大縮尺の地図が多く含まれています。そうした地図は、原図から使用されている色を減じたうえで地図部分は複製し、凡例の部分を和訳し作成されています。赤・茶系統の色がふんだんに使われ、見た目にも非常に美しいのがジャワ島付近のこの外邦図の特徴です。農村部における集落の位置や、水田など農耕地の位置・形状、河川の位置、道路の状況が克明に記されているほか、都市部でも、バタビア(現在のジャカルタ中心部にあたります)の当時の市街化の範囲や鉄道の位置などを確かめることができ、その後の都市化やプランテーション開発の進む以前の姿を知ることができます。


長江(揚子江)の河口に広がる上海の市街地およびその周辺の地図です。現在では上海はアジア最大規模の都市ですが、高層ビルが立ち並ぶ浦東地区には、当時はいくつかの農村集落があるのみでした。黄浦江の西岸を中心に市街地が広がり、その中には「租界」(外国⼈居留地)があったことも見てとれます。この上海付近の外邦図は複数あり、空中写真をもとにして描かれている図幅はそれなりに精密ですが、この図のようにそうでないもの(現地踏査のみか、複写を急いだ可能性があります)は集落の形状が楕円上に描かれており、凡例もありません。
この香港付近の「外邦図」図幅が日本の参謀本部によって作られたのは1930年代とみられていますが、香港は1842年に既にイギリスの租借地となっていました。そのため、香港付近については英国参謀本部地誌課が作成した地図をベースに作成した2万分の1という大縮尺の=精密な外邦図が残されています。九龍地区には、現在はなくなった啓徳空港の存在を見て取れます。図中では日本語地名にあわせて英語がほぼ併記されていることもわかります。この周辺の図幅は、とくに等高線がきわめて緻密に描かれているのが特徴です。複製された時点で、現地における測量を実施したうえでより精密に作成されたと考えられていますが、その詳細はわかっていません。


ハワイ諸島のすべての島々についても精細な外邦図が作成されています。これらの図幅はアメリカ国務省が作成したものを複製して作成されました。この図幅もコンター(等高線)が緻密に作成されています。この地図のオアフ島には真珠湾(Pearl Harbor)が見えます。しかし、この地図が作成されたのは1927年前後と推定されていますが、1908年にすでに設置されていたことが明らかなアメリカ海軍基地周辺、つまりフォード島(Ford Island)付近は空白の部分が多くなっています。原地図が軍事的な目的から当該部分を隠していたことが窺えます。なお、フォード島付近に停泊していた戦艦の名前を日本軍が記入した外邦図が、ハワイのパールハーバーナショナルメモリアルに展示されています。
この外邦図は、当時「仏領インドシナ」と呼ばれていた現在のベトナム・カンボジア付近の1枚です。この付近の図幅はフランスが作成したものがベースとなり、経度の基準が「パリ基準」で経緯度は「グラード式」で示されています。日本が作成した地図の場合、当時はほぼ黒一色のみが使用されていましたが、オランダやフランスなどヨーロッパ諸国作成の原図をもとにする地図は当時から色彩豊かに作成されるのが特徴的です。この地図では、道路が赤色を用いて目立つように描かれています。なお、この地図はその東側の地図と2枚で1セットとなっていることがわかります。複製の時点でそうなったのか、原図がそうなっているのか定かではありませんが、興味深いところです。


外邦図の作成範囲は現在のインド・ネパール付近、ヒマラヤ山脈にまで及びました。これらは英国の印度測量局が作成したものがベースで、赤・青・緑といった多彩な色使いがみられます。この図幅をみると、ヒマラヤ山脈周辺の氷河および氷河地形まで表現されていることがわかります。現在、地球温暖化の影響と考えられる、氷河の縮小・後退や凍土の融解、それに伴う下流での洪水などが問題となっていますが、この外邦図に描かれる氷河などは、過去の状態と現在の状態を比較検討することに役立つ可能性があります。
Links
外邦図の所蔵・研究機関(日本)
- 大阪大学文学部人文地理学教室 外邦図研究プロジェクト(外邦図研究会のニューズレター等が掲載されています。)
- お茶の水大学附属図書館 外邦図コレクション
- 岐阜県図書館 外邦図
- 国立国会図書館(サービスポイント:東京本館:専門室・閲覧室案内:地図室)
- 国立公文書館(外邦図デジタルアーカイブの地図画像を館内で閲覧できる。また、複写サービスについても開始を目指しているとあります。)
- 東北大学総合学術博物館(館内に外邦図の実物14点(15図幅)の展示があります。)
- 東京大学総合研究博物館(東京大学総合研究博物館に外邦図が所蔵された経緯と全体の概要説明があります。)
外邦図の所蔵・研究機関(海外)
- スタンフォード大学図書館(大規模な外邦図画像の公開を行っています)
- アメリカ議会図書館蔵 初期外邦測量原図データベース
- ワシントン大学図書館外邦図の研究と利用のためのリソース
- ハワイ大学マノア校図書館 日本軍の地図と海図
- シカゴ大学図書館 所蔵する外邦図の検索について
その他の関連サイト
- 日本語版 Map Warper: Stanford大学図書館の外邦図コレクションに含まれる日本をカバーする5万分1と20万分1の地図が、ジオリファレンスされた状態で配信されている。なお、外邦図は本来、日本本土外の地図を指す呼称ではあるが、各機関の外邦図コレクションに旧日本軍が作成した本土の地図が多数含まれることも多い。
- 臺灣百年歷史地圖, 中央研究院人社中心GIS專題中心(2020): 台湾のオンライン歴史地図。ジオリファレンス済みの外邦図をGoogleマップ上に重ねて表示できる。
- 米国で見つかった日本の軍事機密「地図」14点: 2016年のナショナルジオグラフィック誌に掲載された外邦図の経緯と魅力を伝える記事の日本語版。
About: 外邦図デジタルアーカイブについて
1. 外邦図の由来
外邦図が作られた経緯については、長岡(1993)によくまとめられている。簡単に言えば、旧陸軍参謀本部・陸地測量部が作成・複製した日本領土以外の地域(すなわち外邦)の地図(ほとんどが一般図)であり、縮尺は2.5万分の1程度から50万分の1程度までのものが多い。その作成開始は日清戦争開戦前の1888年に遡り、カバーする範囲は、大陸別などの小縮尺編集図を除けば、北はアラスカ、東は米国本土の一部、南はオーストラリア、西はパキスタン・アフガニスタンの一部(ややとんでアフリカ大陸東部の一部)に及ぶ。作成方法には、日本の測量隊が公然と測量・図化したもの(軍事占領した地域など)、密命により派遣された日本の測量技術者や情報将校が盗測ともいうべき方法で作図したもの(係争地など)、および他国の測量機関が作成した一般図を複製したものなどがあるが、いずれも軍事的関心に基づいた秘密度の高いものであっただけに、ほとんど公然の記録が残されておらず、作成過程の詳細は不明の点が多い。また、こうして作成された地図の大半は、「秘」、「軍事秘密」、「軍事極秘」等の扱いで,厳重に管理された.あまりにも厳重な定数管理がなされたため、演習等には相当部数の地図が使われたものの、各地の前線でこれらの地図を作戦に使用するという状況ではなかったといわれる。
そのような使用状況だったこともあり、敗戦時には膨大な数の外邦図が残っていた。それは当然連合国軍に接収される運命にあり、その前に大量に処分されることが予想された。しかし、上述の経緯で作成された外邦図の大半は、19世紀末から20世紀前期の地表景観の忠実な記録として、学術研究・教育その他非軍事的な価値も高いものである。そこで、外邦図の消失や散逸を恐れた何人かの研究者が、その緊急避難を試みた。筆者が承知している限りでは、東北大学理学部に敗戦の年の4月に実質的に開設されたばかりの地理学講座の教授であった田中舘秀三、東京大学理学部地理学教室の助教授で資源科学研究所の研究員を兼ねていた多田文男といった人たちである(土井,1975;中野,1990;岡本,1995)。このほか,焼却処分の現場から持ち出された地図類もかなりあったらしい(長岡,1993;竹内,1999)。
田中舘らは、連合国軍進駐を目前にした1945年9月に市ヶ谷の参謀本部を訪れ、許可を得て、同本部および神田の明治大学地下にあった参謀本部分室から、大量の外邦図や国内の地形図を応急整理し、搬出した。新大久保駅近くにあった資源研への搬送には、当時同研究所員であった中野尊正・都立大名誉教授や三井嘉都夫・法政大名誉教授らが携わった(中野,1990および私信)。そこに移された地図は1960年前後から、当時同研究所員であった浅井辰郎・元お茶の水女子大教授を中心に整理され、京都大、立教大、広島大、東京大、ルール大、筑波大、熊本大、お茶の水女子大など約80か所に配布された(正井,1999;浅井,1999)。
東北大への応急整理・搬送準備は、当時東北大助手に内定していた土井喜久一(後に静岡大教授)を中心に、岡本次郎(後に北海道教育大名誉教授)、福井英夫(後に東北大教授)、三田亮一(後に海上保安庁水路部、1952年に明神礁で遭難)ら当時の学生の手で進められ、鉄道貨車1両により仙台まで運ばれた(土井,1975;岡本,1995)。その直後に参謀本部を接収した連合国軍も、外邦図を含む大量の資料を持ち出し、うち外邦図類は現在米国国会図書館やクラーク大学、ウィスコンシン大学ミルウォーキー校等の多くの米国機関に収蔵されることとなった(リンク集も参照のこと)。
2. 東北大学所蔵の外邦図
当時仙台・片平丁にあった東北大学理学部に運び込まれた約1万図幅、10万枚の地図のうち、国内の地形図の一部は直後に整理されて地理学の教育や研究に使用された。しかし外邦図は、当初は占領中であったことも関係してか、何となく公開をはばかる雰囲気もあったようで、その後も十分な整理を施す余裕のないまま、教室の移転にともなって学内を転々と移動した。同一図幅が多数存在する場合、一部が学会誌の発送などにあたり、当時乏しかった包装紙の代わりに用いられたこともあると、地理学教室や隣接教室に事務局を置く学会の当時の関係者が漏らしている。
1994年に至って、長年の懸案であった標本館の建設が決まり、それを契機に地理学教室の教官・学生総動員で、外邦図類が本格的に整理・分類された。外邦図が作成されたという範囲のうち、米国本土のものは1図幅もなく、中国やインド・ビルマ、インドネシアのものが多いが、その地域についても欠図があることがわかった。翌95年10月、青葉山の理学部敷地内に開館した自然史標本館には、目録の完備された外邦図が整然と収蔵され、うちバリ島アグン山、インパール、広東、ホノルル・真珠湾等15面が公開展示された。参謀本部から運び出されてから50年経っていた。その後、国土地理院と岐阜県図書館から依頼があり、広く一般公開することを条件に、外邦図の実物(同一図幅が数部以上存在する場合)やコピー(所蔵部数の少ない図幅)を、前者には約1万面、後者には約8,000面寄贈した。このうち岐阜県図書館に移された外邦図は、他の一般図・主題図類とともに世界分布図センターで公開され、利用者も多いと聞く。また、中国の外邦図を多数所蔵している京都大学文学部地理学教室との間で、互いに欠けている図幅の実物やコピーを交換した。
これらの結果、収蔵図幅数は約1.2万面に増え、一方、収蔵部数は7万余枚に減った。この数には、南樺太・朝鮮・台湾等旧領土の地形図、国内の地形図(要塞地帯も図示されている)、海図,小縮尺編集図等、外邦図の範疇に入らないものも一部含まれているが、いずれも1945年9月に参謀本部から運び込まれたものである。
3. 外邦図デジタルアーカイブの作成経緯
戦後、日本の大学等諸機関に残された外邦図だが、その閲覧が可能な機関は限られ(リンク集参照)、またそれ自体,酸性紙に印刷されたものが多く、劣化が進みつつあった。そのため残された外邦図を保存して後世に残し、その学術的価値を広く伝えるため、東北大学、京都大学、大阪大学、お茶の水女子大学等の研究者や専門家からなる「外邦図デジタルアーカイブ作成委員会」が組織された。この外邦図デジタルアーカイブの書誌情報の基礎となったのは、東北大学大学院理学研究科地学専攻環境地理学講座が管理する『東北大学所蔵外邦図目録』である。この目録は、1994年度から実施された同講座の歴代の教員と学生による整理作業をもとに、同講座同窓会の寄付とJSPS科研費JP14208007(代表:大阪大学 小林茂)の助成を受けて、作成・刊行された。また、この科研費をもとに「外邦図研究会」が組織され、多くの重要な情報がまとめられた。
以下は、外邦図デジタルアーカイブに関する略歴である。
- 2004年度:東北大学所蔵の約250図幅のデジタル化作業を実施。JSPS科研費JP14208007(代表:大阪大学 小林茂)の助成を受ける。
- 2005年度:東北大学所蔵の約5200図幅のデジタル化作業を実施。外邦図の画像データを既存の目録による書誌データと併せてデジタルアーカイブを構築し、その閲覧システムを東北大学附属図書館が管理するサーバを用いて公開。JSPS科研費研究成果公開促進費(代表:東北大学 今泉俊文)の助成を受ける。
- 2007 年度:2005年度とほぼ同数のデジタル化作業を実施。再度、JSPS科研費研究成果公開促進費(代表:東北大学 今泉俊文)およびJSPS科研費JP19200059(代表:大阪大学 小林茂)の助成を受ける。
- 2008年度:お茶の水女子大学、京都大学、岐阜県立図書館、同時期に外邦図の収集・所蔵作業を実施していた国立国会図書館における所蔵情報(NDL-OPAC)との照合結果を表示できるようウェブ上の閲覧システムを改良。
- 2009年度:京都大学とお茶の水女子大学所蔵の約6000図幅(京大3333、お茶大2300)のデジタル化作業を実施。閲覧システムの検索機能にWebGISの技術を導入する。JSPS科研費研究成果公開促進費(代表:京都大学 田中和子)の助成を受ける。
- 2010年度:外邦図デジタルアーカイブの英語版サイトを公開。2011年3月11日の東日本大震災で東北大学が被災するが、保存されていた外邦図は損傷なし。
- 2012年度:サーバーのハードウェアの更新。Google Maps APIを用いたマップ検索機能を追加する。JSPS科研費 JP24240115(代表:大阪大学 小林茂)の助成を受ける。
- 2013年度:東北大学附属図書館が管理していたサーバが故障。これを機に、外邦図デジタルアーカイブの公開用サーバを全面的に東北大学大学院理学研究科に移管。
- 2019年度:インドネシア領域内の東北大所蔵680図幅の画像をジオリファレンスし、外邦図デジタルアーカイブのサブシステムとしてGaihozu Viewer: Indonesian-territory version (GV-I) を公開(公開年は2020年)。JSPS科研費 JP15H019665(代表:立命館大学 矢野桂司)の助成を受ける。
- 2022年度:ハードウェア障害もあり2022年11月に外邦図デジタルアーカイブの公開用サーバを稼働停止。
- 2023年度:外邦図デジタルアーカイブの公開用閲覧システムを、Esri社のクラウドGISの機能を用いて新たに構築し直し、改めてリリース(正式な公開年は2024年1月)。JSPS科研費 JP22H00245(代表:埼玉大学 奥貫圭一)の助成を受ける。
ただし、旧外邦図アーカイブでは、岐阜県図書館と国立国会図書館から、所蔵する外邦図データベースの利用許可をいただき、各館の所蔵状況を外邦図デジタルアーカイブのデータベースでも参照できるようになっていた。現在の公開用閲覧システムでは、これら他機関の情報を参照できないが、今後の改訂作業を通して再度参照できるようにしていきたい。
文献
浅井辰郎 (1999): 琉球諸島の地形図はどんな経緯でお茶の水女子大学に入ったか. 地図資料編纂会編: 大正・昭和 琉球諸島地形図集成 解題. 柏書房, 23-26.
岡本次郎 (1995): 地理学教室創立の年. 東北大学地理学講座開設50周年記念事業実行委員会編: 東北大学理学部地理学講座開設50周年記念誌. 東北大学地理学教室同窓会, 66−74.
竹内啓一 (1999): 吉崎恵次先生に聞く. 正井泰夫・竹内啓一編: 続・地理学を学ぶ. 古今書院, 110−127.
土井喜久一(1975): 田中舘先生の思い出. 田中舘秀三業績刊行会編: 田中舘秀三—業績と追憶. 世界文庫, 25−26.
中野尊正 (1990): 山河遥かに. 私家版.
長岡正利 (1993): 陸地測量部外邦図作成の記録. 地図, 31(4), 12−25.
船戸忠辛(2000): 岐阜県図書館・世界分布図センター. 地図情報, 20(1), 13−15.
正井泰夫 (1999): 浅井辰郎先生に聞く. 正井泰夫・竹内啓一編: 続・地理学を学ぶ. 古今書院, 73−91.
* 上記の1および2の内容は,東北大学名誉教授・田村俊和の執筆した以下の原稿より抜粋し一部に修正を加えたものである.田村俊和 (2000): 東北大学理学部自然史標本館所蔵の外邦図. 地図情報, 20(3), 7-10.

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